友のような書籍とともに

以前、読書家の知り合いが「目の前に黒いものが浮かんでいる」と言いました。幽霊などの怖い話ではありませんよ。明るい場所にいると、まるで虫が飛んでいるように見えるというのです。きっと大したことはないだろうけれど、いかにせん気になるということで眼科を訪れた結果、診断名は飛蚊症。年齢を重ねると出てくる症状のひとつだそうです。
人間というのは不思議なもので、あれほど「黒いのが邪魔だ」と言っていた知り合いも、今はすっかりそれがあることに慣れたのだとか。一時期は「とても文字を読む気なんておきない」と不満そうだったのに、今は再び本の虫です。私は彼がその状態を受け入れられたことに安心する反面、体というのは、いつ何が起こるかわからないなと実感しました。たとえば明日、私は事故に遭うかもしれません。いま集めている漫画や小説が、最後まで読み切れるかもわからないのです。
そう考えるととたんに、目の前にある本の山が、宝物に見えてきました。いろいろと辛いことがあった時も、寄り添い支えてくれてきた作品たち。いつどうなってしまうかわからないからこそ、自分が元気な間、たとえそうでなくても、許される間はずっと、傍に置いておきたい友人のような存在です。

付録の鞄の数年後

何年か前に雑誌の付録についていた鞄を、図書館用として愛用しています。本を数冊入れるのにちょうどよいサイズだからです。ただ使い始めた当時は、同じのを持っている人がたくさんいて、ちょっと恥ずかしかったですね。友達と一緒に購入してお揃いになるのは嬉しいと思うのに、知らない人とお揃いになっていると困惑してしまうのだから、不思議なものです。
ただ私は、その愛用の鞄にはちょっと手を加えているんですよ。口が閉まらず中が丸見えだったので、ボタンをひとつ、つけたんです。ネットでジッパーをつけている人もいたのですが、私にはそこまでの技術はありませんでした。残念なことです。でも物が溢れる消費の時代に、このように自分で工夫して長く使えることができるのは、とてもいいことだなあと思います。それがたとえ拙い加工であっても、自分の物ならば問題ないですしね。
そう言えば私の祖母は、私が小学生の時に作った刺し子の布巾を、ずっと大事にしてくれていました。大人になってからは贈ったことすら忘れていたのに、お正月に遊びに行ったら、台所にしっかり置いてあったんですよ。もったいなくて使えなかったといって、綺麗なままでした。私が今持ち歩いている鞄も、こうやって長い時を生き抜くのかもしれません。

映画で心身デトックス

先日、体調不良で数日間寝込んだ時のこと、布団から起き上がるのは食事とトイレの時だけで、時間はたっぷりあるのに、なぜか書棚に手は伸びませんでした。体がよほど疲れていたのでしょうか。眠るにも限界はあるので、ぼんやりしていたら、家人がDVDを貸してくれました。私が普段は見ないような、もはや古典となっている白黒作品や、過去に一世を風靡した名作などです。
書籍もそうですが、どんどんと新しいものが出てきますから、こんな機会でもないと、古いものを見ることは案外少ないんですよね。暇を持て余していたこともあり、私は喜んで、借りたDVDを見ていきました。『ローマの休日』に『E・T.』『千と千尋の神隠し』『天使にラブソングを』などなど。具合が悪くて寝ていたはずなのに、いつの間にか泣いたり笑ったりと大忙しで、普段元気な時よりも、心情的にはよほど癒されたような気がします。
よく、一般論として、神様は乗り越えられない苦労は与えないなどと言うことがありますが、もしかしたらこれは、神様が私に与えてくれた休日だったのかな、と、復帰してから思いました。それ以降は、映画好きの家人と一緒にDVDを見る機会が、断然増えましたよ。気持ちを刺激されて開放できるのは、いい経験です。

積読本がない日々の過ごし方

誰が言った言葉か、事実なのかもわかりませんが、登山家が山に登るのは、そこに山があるからだと聞いたことがあります。それならば私が読書をするのは、そこに本があるからでしょうか。……とはいっても、今は珍しく自室に積読がないのですけれどね。いつもならば何冊かテーブルの上に積み重なっているのですが、つい数日前読み切ってしまい、それ以来本屋に行けていない状況なのです。
毎日文字を追わないとおかしくなるという活字中毒の友人ほどではないけれど、読むべきものがないというのは、なんとなく寂しい気持ちがしますね。しかし今、集めているシリーズの新刊は出ていませんから、知らない方の作品に手を出して冒険するのは躊躇ってしまいます。知っている人のものならば、ネットショップで購入することはしたのですけれどね。
そう考えると、やはりなんとかして時間を作って、書店に足を運ぶのが一番でしょう。そうすれば立ち読みもできますから、初めての作家さんの作品でも、そこまで緊張せずに買うことができます。文庫本一冊は数百円で購入可能ですが、せっかく大切なお金を使うのでしたら、しっかり楽しめるものがいいですからね。そんなことを言いつつも、過去には何度も表紙買いをしている私です。

ジュリエットに恋の相談を

クリスマスの時期に、子供はサンタクロースに手紙を書きます。では女性が手紙で恋愛相談をする相手は誰でしょうか。なんと『ロミオとジュリエット』に出てくるジュリエットなのだそうです。もちろんそうは言っても、実際に彼女が答えてくれるわけではありませんよ。いわゆる代理人の方たちが、丁寧に返事を書いてくれるのだそうです。愛を貫いた女性だから、相談が寄せられるということなのかしら。ただ私はそれを知った時、本当に驚いたのですが、登場人物の二人は、現代日本でいえば中高生なのですよね。
時代が違えば、価値観も違います。だからこその年齢設定であり、事実その当時は、その年齢の人たちも、今よりもずっと成熟していたのでしょう。それにしてもなんて儚い……ただ、命を投げ出すほどに恋に夢中になった、一人前の女性のジュリエットだからこそ、こうして世界中の女性たちから、手紙が次々に届くのでしょう。
また、返事を書いてくれる方たちも、書くことを認めてくれている人達も、ともに素晴らしいですよね。現代は何かと世知辛いことも多いですが、このような話を聞くと、とても心が温かくなります。ちなみに恋の相談の後は、嬉しい報告が届くこともあるようですよ。さらに喜ばしいことです。

外国エッセイの味を楽しむ

先日、美しい写真に惹かれて手に取ったエッセイを読みました。イタリアの食文化に関するものです。文字とイラストで語られるパスタやピッツァやチーズが美味しそうで、食べたいなあと思っていたら、なんと、よく行くスーパーマーケットに、外国食材を集めたコーナーができていました。もちろん本場で食べるものとは違うのでしょうが、私にはこれで十分です。さっそく冷凍になっているピザと、真空パックのチーズを買い求め、翌日のお昼に食べました。
もちろん、傍らにはあのエッセイを置いていましたよ。一人の食事だからと、行儀は気にしませんでした。文字を追いつつ買ってきたものを噛みしめれば、体中にイタリアの感覚が広がります。そういえば、ドイツの本を読んだときはソーセージを食べ、フランスの写真集を見たときは、ワインを飲みましたね。どちらも美味しく、大満足したことを思いだしました。
実際に行かずにしてこんなに幸せに浸れるなんて、私って単純だなあと思いつつも、この手軽さがいいんですよね。今、積読の中にイギリス史の本がありますので、今度どこかで、紅茶とスコーンを仕入れてこようと考えています。後者は料理好きの友達にお願いして、作り方を教えてもらうのもありですね。素敵な時間が過ごせそうです。

同じ本を三冊買う意味

先日、本の片づけをしていたら、同じコミックスが二冊並んでいました。どこまで集めているのかわからなくなって、間違えて買ってしまったのでしょう。これが第一巻ならば人への紹介用に使えるのですが、途中の巻だとどうしようもありませんね。しかし手放すのは惜しく、結局二冊並んだままにしてあります。
昔父はシリーズものの小説を好んで集めていたのですが、このようなことはよくあったそうです。駅で新刊を買って、読み始めてから「あれ、これ読んだことある」と気付くんですって。まさに似た者親子ですね。まあ友達も経験していることらしいので、私たちに限ったことでもないでしょう。
それに別の友人は、あえて同じものを三冊買っているのですよ。自分が読む用と、保存用、あとは友達に貸す用なんですって。布教用、と彼は言っていましたが、それだけその作品のことが好きなんでしょうね。ちなみに私も借りて読んだことがあります。
彼は、ファンが増えることが嬉しいし、それで隙になって自分で買ってくれたらもっと嬉しい、のだそうです。コミックスの売り上げは出版社や作家さんに貢献しますからね。彼の気持ちもわかります……ということで、借りたのは一冊。あとはちゃんと買っています。

電車の中で快適な読書を

女友達と数人で集まっておしゃべりしていたときのことです。
どこで本を読むか、という話になりました。私の予想では、自宅派が一番多いだろうと思っていました。ところが、意外にも、一人が「電車の中」というと、私も、私も、と数人が支持したのでした。
どうして電車の中がいいのかというと、あの何とも言えない揺れがあるからです。そして、静かすぎない場所であるところです。朝や夕方の満員の中ではちょっとつらいのですが、お休みの土曜や日曜のお昼前後の車内なら比較的空いていて座れます。ひざの上にバッグを乗せて、その上で本を広げると高さとしてはちょうどよいのです。ときどき、がたんとしたりごとっと音がしたり、程よい刺激があります。友人の一人は、それが心地よすぎて寝てしまうのだと言いました。そういう時もあります。眠い時は我慢しないで寝てしまいます。
話がそれました。ほかの人はどこで読書するのかというと、バスの中でするのだそうです。バスは、かなり揺れるので乱視になりそうと思ったのですが、その友人は集中できるのだそうです。
人によって、いろいろですね。私たちがそろって電車に乗ったら、バッグから取り出すのはスマホではなくて文庫本になりそうです。

在庫処分品を大量購入

私は「在庫処分」という言葉に反応してしまいます。在庫処分品はどれも安いので、どうしても欲しくなってしまうのです。仮にそれがいらないものでも。だから、本当にいるかどうか考えてから買いたいのですが、それでもたまにいらないものまで買ってしまう自分がいます。安物買いの銭失いですよね。小説の在庫処分ならまだいいです。賞味期限や賞味期限がないので、たくさん買っても特に問題ないです。いつかは読むだろうし。仮に読まなかったとしても売ればいいだけです。しかし、食品関係となるとそうはいきません。賞味期限や消費期限があるので、それまでに消費しないといけないので大変です。余っても売ることができないし、さすがに賞味期限ギリギリのものを人にあげることもできないので、自分でなんとかするしかないです。これが食品関係の在庫処分の怖さです。
先日もスーパーに行った時、在庫処分品があったので大量に買ってしまいました。買ったのはお酒やお菓子、調味料、おつまみなどです。この中で一番買って困っているのが調味料です。今思えば買う必要がありませんでした。同じものを買ったばかりだったし。調味料なんてそう簡単になくならないし、買わなければ良かったです。

小説は私のパートナー

「あなたにとって小説とは?」と聞かれたら私は「パートナーです」と答えるでしょう。小説がない世界なんて考えたことがないですし、考えたくもないです。もし、小説がなかったら世の中がつまらないものに感じると思います。楽しい時も辛い時も悲しい時も寂しい時もずっと支えてくれたのが小説です。だから、これからも絶対に手放すことはないでしょう。パートナーと呼べるものが私の場合はたまたま本だっただけで、みんなにもこういったものがあると思います。スポーツがパートナーだったり、ゲームがパートナーだったり、ファッションがパートナーという人もいるでしょう。誰にでも「これだけは手放したくない!」っていうものがあると思うので、それはずっと大事にした方がいいと思います。
本を読んでいるとその日あった嫌なことを忘れることができます。社会人になると嫌なことが起こらずに終わる日なんて稀です。大なり小なり嫌なことが起こります。上司から注意されたり、ちょっとミスをしたりなど色々あるので、ストレスが溜まって仕方がないです。そんなストレスを解消してくれるのが読書です。読書をすることで頭をクリアにできて、気持ちも落ち着かせることができます。どんなことがあっても読書をやめることはないでしょう。

夢のある生活を……。


恋愛小説を読んでると、あぁわたしって乙女だなぁなんて実感したりします。普段恋愛に全然興味ないと思ってたのに^^;
夢小説で自分の名前なんか呼ばれたら頭がポーっとしちゃったりして、案外自分ウブで可愛いところがあるんだなってことを知りました(笑)